「愛国」とは「反韓」なのか

隣国を嫌うことが愛国か

インターネット上の政治的な言論を見れば、「愛国者」たちが韓国や韓国人に対して憎悪を表明しているテキストを無数に目にすることになります。

韓国をいたく気にかけている人に限って「中道右派」などと自称していたり、「普通の日本人」などとプロフィールを構えていたりします。

また彼らは、「ネトウヨ」などと蔑まれても、「極左からみれば中道も極右だ」などとどこ吹く風です。

どういう論理で、「愛国」すなわち「反韓」の図式が成立しているのでしょうか。

私には、愛国と反韓の間の論理がショートカットされているように思えます。




反韓は情熱の浪費だ

隣国に仮想敵を見つけなくてはならないのだとしたら、それは中国や韓国が国内の求心力に反日を利用するのと同じではないでしょうか。

彼らは、さらには、国内に「反日」や「在日」といった敵を見出して戦っていたりします。

韓国に親しみのある発言を有名人や政治家がすれば、その人物は反日であるとして糾弾され、果てには在日朝鮮人だ、などと徹底して嫌われたりしています。

この「愛国者」たちは、もはやどこに敵がいるのかもわからずに、同じ日本人を攻撃しています。

私が気になっているのは、彼らの「日本人なら韓国人を嫌って当然」というようなあり方です。

「普通の日本人」ではないかもしれない私にとっては、「反韓」が「愛国」の踏み絵みたくなっているのは妙です。

私は、自ら進んで自分のイデオロギーを規定し、表明していくことはいたしません。

自らのことを、右派とも左派とも、中道とも申しません。

つとめて韓国を批判していないと「愛国者」、「普通の日本人」と認められないのだとしたら、彼らからの売国奴の誹りは全く恐れることではありません。




私も別に韓国は好きじゃない

断っておきたいのは、私は決して「親韓」というわけではありません。

李明博元大統領が竹島に上陸したのは腹が立ちました。

しかし、そこで、私は日本人として、「韓国と断交せよ」ではなく、「大統領、ようこそ島根へ」と口にしたいのです。

韓国に愛着を持つことを強いるには日韓関係は難しい状況にありますし、私も感情的な嫌悪は拭えません。

しかし、日本の内政や外交を考えるうえで、韓国への憎悪を爆発させて主張しても、何ら生産的ではないと思うのです。

「中道右派」の皆様、せっかく愛国的であられる皆様の情熱やエネルギーが、「反韓」という不毛な迷宮に注がれ続けるのは、私は、日本にとっても損失だと思うのです。

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