今こそ考える、新聞の存在意義

テレビが中心であったマス・メディアに、インターネットが急速に台頭し、新聞の存在感は日に日に薄らいでいます。

新聞を読んでいる人は減っているといいますし、現在新聞を取っている人も、新聞を購読するのが常であった時代の惰性である感も否めません。

新聞に限りませんが、今やマスコミは「マスゴミ」などと揶揄されることもあります。

マス・メディア、とりわけ新聞は、厳しい逆風にさらされる時代にあります。

そんな現在における、紙の新聞の存在意義とは何か、考えました。

メディアとしての「新聞」の長所

新聞は、テレビやインターネットといった他メディアにない特性を持っています。

それが、「一覧性」と「総合性」です。

一覧性

新聞の媒体としての一つの長所は、一覧性にあると思います。

新聞は、それぞれの面において、見出しとその記事を一通り目に入れることができます。

また、記事の配置や見出しの大きさ、記事の量から、感覚的にニュースの重要性を認識することができます。

さらに、一部(一日分)の新聞に、その新聞社が読者にその日伝えるべきだと考えるニュースが全て載っています。

このように、ニュースの総量を感覚的に把握し、重要性についても感覚としてわかるように作られていることが紙の新聞の良さだと思います。

今日のニュースはこのくらいの量で、これが重要な事項である、と理解できるのは、(1)記者が専門職として取材を行い、(2)それぞれの新聞社の編集・整理を経て、それが(3)物理的な紙によって届けられる、からだと考えます。

新聞を購読する人も、毎日熟読・精読している人は多くないと思いますが、実はこの「感覚的な理解」というのが重要な新聞の長所だと思います。

この優位は、テレビやインターネットにはないものです。

インターネットにおいては、見出しにおいて一覧性がありますが、どうしても新聞に比べても読者に入ってくるニュースが断片的になり、捨象されるニュースが多くなってしまうと思います。

これに関連して、興味がなかったニュースについても知ることができるという「偶然性」という長所も出てきます。

総合性

第二に、総合性です。

あるいは、網羅性、完結性とも言い換えることができます。

新聞は、日々のニュースを網羅して、その日ごとに完結しています。

上で述べたことと関連しますが、読者が新聞を手にして「これで全部」だと思えることがいいところです。

新聞は、ある程度の「深さ」も兼ね備えています。

テレビのニュースは放送時間に限りがあるなかで放送されます。

インターネットのニュースは、見出しをクリックし、さらに検索したりリンクで飛んだりしなくては、手に入る情報が深くなりません。

インターネットでは、どうしてもユーザーは見出しを追うことで満足しがちになると思います。

いろいろなニュースを漏らさずに取材し、報じるのは、体系だった組織を持つ新聞ならではです。




「新聞社」の機能

新聞の媒体としての特性でなく、新聞社という組織の運営のされ方によって、新聞は固有の価値を持っています。

報道機能

言うまでもなく、新聞は報道機関です。

そして、報道機関として全国紙は信頼されており、新聞を除いて報道機関として信頼されているのは、NHKくらいしかありません。

それは、新聞が体系だった組織であり、ジャーナリストを採用・育成していることが理由にあります。

報道機能を最重要に、情報を取材して記事を書く専門集団であることが、新聞というメディアの信頼性を担保しています。

国民の信頼に足る報道を行っているのが、新聞の大きな機能です。

言論機能

新聞は、報道機関であるとともに、言論機関でもあります。

単に事実を伝えるというだけでなく、それに関する見解を表明し、提言していくことも行います。

現行の放送法のもとで、新聞報道とテレビ報道を一番大きく分かつのが、言論機能の有無です。

私はテレビにも言論機能を持たせたいと思っていますが、現在のあり方では、新聞が言論機関として他のメディアにない価値を持っています。

〈右〉の読売・産経、〈左〉の朝日・毎日という認識が社会にあるように、カラーを出して報道できるのが新聞の強みです。

ジャーナリストの育成

新聞社は、その組織を運営していくなかで、記者の育成も行っています。

新聞社のための業務を行うなかで、ジャーナリストとして成長します。

NHKを除いて、テレビ局は記者の採用が少なく、新聞社とはジャーナリストの育成能力で劣ります。

インターネットのニュース・メディアにも記者はいるのでしょうが、インターネットの記事を見る限り、少なくとも現在は新聞記者にジャーナリストの資質の点で上回っているとはいえないでしょう。

他の報道のニュースソース

新聞社が全国に体系だった報道網を組織し、全国の現場で取材し、記事を発信しているからこそ、新聞がニュースの情報源として信頼を得ています。

テレビのニュース番組やインターネット記事をソースとして、学術論文や書籍のような信頼される文章を書くことは難しいです。

(テレビの場合、過去のアーカイブが参照しづらいのが主な理由です)

通信社が新聞やテレビのニュースソースとなっていることもありますが、テレビやインターネット・メディアでは、新聞記事を情報源としていることが多くあります。

新聞を元に報じたインターネット・ニュースが、さらに「2ちゃんねる」のスレッドになり、それが「まとめサイト」でまとめられて再生産されるという事態も現出します。




おわりに

私は日経電子版を購読していて、紙の新聞は購読していません。

すると、自分ではテレビやインターネットを通じて一通り拾えていると思っていても、新聞を読まないばかりに、知っておくべきだったニュースの漏れが生じることもたまにあります。

それぞれのニュースを深めたり、ある程度専門性の高い分野のニュースを知るうえで、新聞を日々読むことは有用だと思います。

無論、これも新聞を読まずともできることではあります。

問題は、新聞を毛嫌いするなど、メディアに偏って接していると、自分が知らないことに気づかないままであるという状態が生じうることです。

本記事の目的は、新聞の存在意義を喧伝し、新聞の復古を意図することにはありません。

一番大事なのは、あらゆる媒体にバランスよく接することだと思います。

広告

シェアする

トップへ戻る